ネコのページ

     何はともあれ、このような奥深い場所にまでたどり着いたあなたに感謝、感謝!

          一応これは鍼灸院のホームページであるこ事もお忘れなく。
            それでは猫達のラブリーな様子を存分にごらんあれ。


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ぺくをとちょび男のプロフィール

ぺくをとちょび男の写真
ぺくを(右)とちょび男(左)
ぺくを 本名ロク(写真右)。だいたい9歳、オス(去勢済み)、体重8.5キロ、身長でかい。ブルー&ホワイトというガラらしいが、千倉の強い日差しにすっかり茶色。彼は一応血筋正しきメインクーン種のはずなのだが、その血統書がいくら探しても見つからない。そのためだいたい9歳。原産はアメリカメイン州だそうだが、彼は長野県松本出身の日本人。



ちょび男 本名ハチ(写真左)。だいたい7歳、オス(去勢済み)、体重4.5キロ、身長小さい(もっともぺくをがでかすぎるのだが)。彼はどう見てもアメショーなのだが、父さんが誰だかを知っているのは彼のお母さんだけ。お母さんはホワイトペルシャの混血で、彼とは似ても似つかぬ見事な長毛。千葉県鴨川出身の彼も日本人。

ぺくを物語
カメラ目線しないペクをの写真
絶対カメラ目線をしないぺくを

それはまだ千倉へと移住する前の出来事。暮も押し迫ったある日の事、台所のガラスが割れているのを発見した。その様子から、間違いなく鍵の部分を狙っており、空き巣の犯行に間違いない。



テレビでは良く見るあのシーン、毛ばたきのような物であちこちパフパフ、室内に残された指紋を取っているのだ。「無くなったものはないですか?」「無いと思うんですが」。鑑識さんの見立てはどうやら未遂、泥棒さんは志半ばで立ち去ったようだ。

近所では空き巣に入られた屋敷も多く、それほどめずらしい出来事ではなかった。しかし奥さんは違っていた、この出来事に恐れ慄いていたのだ。奥さんはここである決断をした。

仕事から帰り部屋へ入ると何か怪しげなものが横切った。当時フェレットと言われるイタチの一種?をペットとするのが流行っており、奥さんはそれを買って来てしまったと思った。しかしそれは違っていた、それがぺくをとの出会いであった。



「あのね・・・」と奥さん「ペットはだめだって言ったでしょ」。当時は借家でペットの飼育は禁止されていた。「でもー・・・」モジモジする奥さん「本当はね犬を買いに行ったの」。「帰してきな」「この子を帰すんなら、父さんを生ゴミの日に出してやる」。

 ペクをの大あくびの写真
ぺくをのおおあくび
行き倒れペクをの写真 その1
行き倒れのぺくを その1
奥さんの話しはこうであった。先日の泥棒騒ぎで奥さんは番犬を飼うと決断、近所のペットショップへと足を伸ばした。

何頭かの犬が展示されていたがどうにもピンと来ない、手持ちぶたさでウロウロしていた時目に止まったのがぺくをだった。

「この子と目が合ったの」と奥さん「・・・」。「いやらしい目でおやじが見てたの」「・・・」。「『買って』って言ってたの」「・・・」。こうしてぺくをとの暮らしが始まった。

番犬ならぬ番猫となったぺくを、やがて彼には思わぬ出来事が。


我が家での暮らしにも慣れ、平穏無事のぺくをであった。ところが、何と奥さん、またまた内緒で子供を産んだのだ。

「棟梁の家の子、もらう事になったから」「何それ?」。当時千倉の家を建てていた棟梁の家に子猫が2匹生まれた、その内の1匹をもらうと奥さんが約束してしまったのだ。

ちょび男が我が家にやって来たのはそれからしばらくたっての事だった。当時ちょび男は掌に乗るサイズ、その時すでにぺくをは8キロ。
巣に入る猫たちの写真
巣を作るとすぐに入ってしまう猫たち
ぺくをちょび男の骨盤の大きさ比較写真
骨盤の大きさ比較
「ロクちゃん(ぺくをの本名)、こっち来な」部屋の隅からじっとこちらを見るぺくを、見た事もない生き物が同居する事になり動揺を隠せない。一方のちょび男はというとこれが元気丸出し、自分の10倍以上ある猫がいようとお構い無しだ。



家の中を駈けずり回っていたちょび男、勢いあまってぺくをに激突。「シャーっ!」といきなり威嚇したぺくを、こんな小さな生きものに何をビビッているのか。

ぺくをに異変が起こったのはそれから数日後の事だった。
「どうしよう、病院連れて行こうか」と奥さん「うーん」。ちょび男が来て以来ぺくをの下痢が止まらないのだ。

動物病院の先生にいきさつを話した。「ストレスでしょう、注射を一本打っておきます」。ずうたいの割りに極めて気の小さいぺくを、ちょび男に父さん、母さんを取られてしまうとでも思ったのだろうか。



ぺくをは極めて小さな時に親から離され独りぼっちになった。ペットショップのガラス越しにジロジロ見られ、その時受けた心の傷を彼はいまだに引きずっている。
行き倒れぺくをの写真 その2
行き倒れのぺくを その2
行き倒れぺくをの写真 その3
行き倒れのぺくを その3
ここでなぜ「ぺくを」と呼ばれるようになったかを話しておこう。

彼は歌舞伎のすけろくに似ている事からロクと名づけられた・・・はずだった。

普通ネコは足音を立てずに歩くと言われる。ところが、彼が歩くと足音がする「ペク、ペク、ペク・・・」。そんなところからしばらく「ぺっこ」と呼ばれていた。

それがいつしか「ぺくぽ」になり、やがて「ぺくお」になった。「ペくおの『お』ってどっちかっていうと『を』って感じじゃない」と言う奥さんの言葉がきっかけとなり、現在の名前になったというわけだ。
千倉への移住を果たしたぺくをにとって、ここでの暮らしは驚きの連続であった。土、草、森、全て始めて目にするものばかりだった。

土の上を歩くのでも、一歩一歩確認しながら、何か異変を感じると一目散に逃げ出す。慎重と言うのか、臆病と言うのか。逃げ出す時は土の上だろうが草の中だろうが極めて素早い、彼はその事に気が付いていないのだ。



決して出来ないと思っていたトイレも外で出来るようになり、近所のオスネコとも話がついた頃の事であった。彼には思わぬ落とし穴が待っていた。
きちっとしたぺくをの写真
時にはきちっとした写真も
顔が腫れてしまったぺくをの写真
 飴玉をしゃぶっているわけではありません
ぺくをはいつものように廊下に行き倒れ、しかしそれは本当に行き倒れていたのだ。ぐったりとしてしまったぺくを、彼の左のホッペは驚くほど腫れていた。

「どうしたの?」と聞いたところで「じつは・・・」とは答えない。よく見ると左目の下に小さな傷が、どうやらここを何かに刺されたようだ。



マムシ、ムカデ、ハチ(当家のハチではなく蜂)などが考えられる。医学辞典をひっくり返し、ほっくり返し、人もネコも共に哺乳類、症状にそれほど変わりはないだろう。

原因は突き止められなかったが、痙攣や意識の混濁、嘔吐などが見られないので経過を観察する事にした。
その日のぺくをは元気もなく、大食いのはずのぺくをがあまりご飯も口にしなかった。夜中に急変などという事も考えられるので、その日は隣にペクをの寝床を作った。

「今日はここで寝な」いつもならこういった強制を極めて嫌うぺくをだが、その日はすんなり寝床に入った。本人もどうなってしまったかわからず不安であったのだろう。



翌朝。「はい、診察ですよ」ぺくをを抱き上げる。左のホッペはだいぶ腫れが引いており、どうやらこれなら安心だ。数日後にはほとんど腫れも治まり、その頃になると元の大食いに戻っていた。

その時の傷は今でもくっきり残っている。
アブラゼミとぺくをの手の大きさ比較写真
アブラゼミから手の大きさを想像しよう
雪の上を歩くぺくをの写真
初めての雪
ペクをのテリトリーはきわめて狭い。1人で出かけるのはネコを愛する、隣のおじいさん、あばあさん、お姉さんに会いに行く時だけだ。あとは必ず屋敷から見える範囲にいる。

そのぺくをが忽然と姿を消した。大の腹減らしが半日も帰って来ないのはおかしい、彼は夜になっても帰らなかった。



人(ネコ)さらい、事故、病気、こんな時は良い事は思い浮かばない。9時を過ぎても彼は帰らず、懐中電灯片手に捜索に出た。

「ぺ、ぺ」呼びかけるが反応は無い。近くの水路、縁の下、近所の廃屋、どこを探しても彼の姿はなかった。
捜索範囲を広げてみた。「ぺー、ぺー」「ヒャーン」。「ん?」かすかに声がしたような気がする。「ぺー、ぺくをー」「ヒャーン」確かにペクをの声だ。声を頼りに進む。「ぺくをー」「ヒャーン」。どうやらペクをの声は隣りの農家の作業小屋からだ。



「遅くにすみません」。早速小屋を開けてもらった。中からぺくをは飛び出して来た、助けが来るのをずっと待っていたのだ。

屋敷へ戻るとぺくをはナリナリ、スリスリ、「ゴロゴロゴロ・・・」。よほど心細かったのだろう。彼は分離不安症の気があるので今回の事はかなり堪えたようだ。
エンドウ畑で居眠り中のぺくをの写真
エンドウ畑は彼のお気に入り
なが〜くなった猫達の写真
夏のネコは長い
彼はちょび男から色々な事を学んだ。小さな時に親から離され体の手入れも知らなかった。「ゴロゴロ」鳴るのもちょび男から教わった。障子の開け方、魚の食べ方。始めは下痢になってしまったものの、今では一緒に暮らして良かったと思っているに違いない。



我々の帰りが遅くなると、彼は屋敷の入り口でじっと帰りを待っている。それはどれだけ冷え込みがきつい日でも。

来客があると一目散に飛んで来て「こんにちは」。こちらへ来てから彼は極めて愛想の良いネコになったのだ。
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ちょび男物語
リュックサックの中で居眠り中のちょび男の写真
ネコは箱や袋を見つけるととにかく入ってみる
「ちょび、回覧版行くぞ」居眠りをこいていたちょび男、むっくり起きて「それならお供しましょう」。都市とは違い、玄関を出て隣へというわけにはいかない。特に我が家はその隣が遠く、雨の日などは車を出す。



ハーネスなど付けず、ちょび男は何となく付いて来る。調教された犬とは違うので、あちらこちらと道草を食う。この「道草を喰う」という言葉は馬の事を言ったものだと聞いた事はあるが、実はちょび男も道草を食う。

「ハチ(ちょび男の本名)の草」と名づけたイネ科の植物、これは毛玉を排出するための、いわばネコの胃薬のような物だ。
「ちょびー、遅れてる」「ガーン(待って)」。こちらへは向かって来るのだが、やはり途中で道草を食ってしまう。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、到着には1人で行った時の倍以上時間が掛る。



行き先の屋敷が見える辺りまで来るとチョビ男はピタリと止まってしまう。そこには犬のタロ君がいる事を知っているからだ。「すぐ戻ってくるから、待っててな」。

回覧板を置き、戻って来るとちょび男は待っている。「帰ろう」再び歩き出す。もちろん帰りもチョビ男は道草、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。「遅れてる」「ガーン(待って)」。
行き倒れちょび男の写真
行き倒れのちょび男
猫達の黄昏写真
黄昏
ちょび男の鳴き声は少々濁っている、「ニャーン」ではなくてどう聞いても「ガーン」なのだ。時には「ガンウーン」「ムー」といった言葉を巧みに使い分け話しかけてくる。



「ガーン」は何かを欲している時、「撫でろ」や「退屈だ」を表す。「ガンウーン」はより欲求の強い時で、「腹が減った」あるいは「飯が無い」などを表す。「ムー」は少々へこんでいる時で、飼い主でもめったに聞かれないプレミアものだ。

ちなみに、ちょび男は極めて寝言の多いネコで、「グニャグニャ」とか「ナウアウ」など良くしゃべっている。ネコは夢を見る生き物なのだ。
ぺくをは茶道を心得たネコ。鉢をまわしてから水を飲むのだ。理由はわからないがなぜだか回す、この時決まって水をこぼす。そんな事から、今では彼らの水鉢はぺくをの力を持ってしても動かないほどの大きな梅干の瓶になっている。



それに対しちょび男はお茶好きのネコ。水鉢の水はあまり好まず、水溜りや花瓶、顔を洗っている時の蛇口、特に風呂の茶っこは彼の大好物。

脱衣所で着替えているとちょび男は一目散に飛んで来る。浴室へ共に入りこちらは浴槽へ、ちょび男は浴槽の淵から首を伸ばしてお湯を飲む。「ネコはこんなに水を飲むか」と疑問になるほど大量にお湯を飲み、気が済むと身震い一つして浴室を出て行く。
至上最長になったちょび男の写真
史上最長になった時のちょび男
ちょび男成仏の目写真 その1 
成仏の目 ちょび男の前世はお坊さんだった?
ここで「ハチ(ちょび男の本名)」が何で「ちょび男」になったかの話。元々彼の名前はサンと決めていた。理由はロク(ペクをの本名)の半分くらいのネコという意味だ。しかし、いざ命名となった特、奥さんはそのおでこに8の数字を見つけた、これで彼の名はハチに決まった・・・はずであった。

「ハチ」が「ハッチョ」になり、いつしかそれが「ハッチョビ」になった。更に進歩を遂げる彼の名前は「ちょびお」に。奥さん曰く「ちょびおの『お』は『男』て感じじゃない」。そんなわけで「ちょび男」になった。
ちょび男を抱っこする「ガーン」と鳴く、床に置く「・・・」。再び抱っこする「ガーン」と鳴く、床に置く「・・・」。「どこか痛いのか」、そう思って診察開始。

「お熱は38度で平熱ですね」。脈拍も正常、呼吸も荒くは無い。お腹、背中、首から胸、どこを押しても痛くはなさそう。どうしてしまったのか。



最初に異変に気がついたのは奥さんの方だった。「どうしたのこれ!」「父さん、来て、来て!」。見るとちょび男の右手の小指が変な方向を向いている。

「肉球を見せてごらん」「ガーン(痛い)」。そこには直径数ミリの穴が開き膿んでいた。こうなっては鍼灸の出番では無い、動物病院へとすぐに連れて行った。
ちょび男成仏の目写真 その2
成仏の目 その2
エンドウ畑で居眠り中のちょび男の写真
ちょび男もエンドウ畑が大好き
「父さん、手術だって」と診察室から出て来た奥さんが言った。手術といって切開して膿みを出す程度のものだ。手術室へと呼ばれた。全身麻酔をするわけではないので、ネコが暴れないようにするのは飼い主の役目だ。

いざ手術となった時の事、油断した隙を狙って先生の手を「パクッ!」。さすが先生も手馴れたもの、寸でのところでこれを交わした。「バカボッチが」頭を一つ殴ってやった。

部分麻酔、切開、排膿と続き、最後は薬を塗って手術は成功。
とにかく彼は飼い主に似て釣り(狩り)が大好き、暇さえあればほっつき歩いている。鳥やネズミがその獲物のほとんどだが、モグラやヘビ、バッタといった変わったものを持ち帰ったこともあった。



ある日の事いつものように獲物を持ち帰ったちょび男「グーン(獲物をくわえているのでガーンにはならない)」。「何獲った」。「ゲッ!でかい」。いつもの獲物はスズメ程度の鳥が主だが、今日の獲物は彼の体の半分ほどありそうな大物だ。

その時、油断を見せたハチの口から獲物が逃げ出した、一目散に天井裏へと鳥は逃げ込んだ。これが悲劇の始まりだった。
獲物を食べるちょび男の写真
今日の獲物は鳥
バスマットの上でそっぽを向く猫達の写真
そっぽ向くこともないと思うのだが
我が家は居間から台所にかけての天井が吹き抜けになっている、鳥はその天井へと逃げ込み篭城をはかった。窓を開け放って人気を消してもだめ、入り口付近に餌を置いてもだめ、棒で追い払ってもだめ、とにかく天井裏から降りてこないのだ。



始めは「ガーン(逃げられた)」などといっていたちょび男だが、しばらくするとその姿が無い、どうやら次なる獲物を求めて出て行ってしまったようだ。極めて無責任なやつ。

そこへ新聞屋が集金に「あー、あれ、ヒヨドリですよ警戒心が強いから」。こうして奇妙な同居生活は始まった。
とにかく鳥は朝が早い、辺りが白み始める頃には泣き出す。またその声もでかい、更に耳障りな声とあって鬱陶しい。

「ピーヒャラピ」周囲では良く聞く鳴き声だ。「ピーヒャラピ」窓の外でこれに答えるように別なヒヨドリが鳴く。「ピーヒャラピ」「ピーヒャラピ」やはり会話をしているのかもしれない。「あんたー、どこ」「オー、俺はここだー、出られねーんだよ」そんな事を話しているのかも。



篭城4日目を向かえヒヨドリはあまり飛び回らなくなった。その間彼は何も口にしていない。

篭城6日目ほとんど鳴き声もあげなくなった。ほんの少し低い所へ降りてくれば良いだけなのだが。
ヤマネのごとく丸くなり眠るちょび男の写真
ヤマネの冬眠ではありません正真正銘のネコです
ちょび男成仏の目の写真 その3
成仏の目 その3

寝ている写真ばかりですみません
そして7日目の朝、ヒヨドリは床に落ちて死んでいた。捕まったのも気の毒だが、やっと逃げ出したにもかかわらずその場所が悪かった。少々鳥には気の毒であったが、これも運命なのだろう。

鳥は裏山へ穴を掘り埋めてやった。これでちょび男にでも喰われようものならそれこそ成仏できない。南無・・・。



それにしても無責任なのはちょび男、始めの2日ほどは気にしていたが、その後は鳥が騒ごうが何しようが全く無視。

「まったくバカボッチが」ちょび男のこめかみ辺りをグリグリ小突いてやった。
ちょび男には「防犯番長」の称号が与えられている。とにかく釣り(狩り)に行くのが好きで、夜も出払っている事が多い。たまに帰って来て鍵を閉められてしまうと大騒ぎを始める。

「ガーン(出して)」「だめ」「ガーン」「うるさい!」。これが中々しつこいのだ。出してもらえないとなると彼は自ら脱出口を探し始める。時には鍵を掛け忘れたサッシから、時には台所の窓から、時には風呂場の窓から。



彼の右手は極めて器用で、よほどのもの意外開けてしまうのだ。彼は引き出しまで開ける事が出来る。時には中身を引っ張り出し、散乱させてしまう事もある。

そう、彼が居なくなった時、それはどこかに鍵の掛け忘れがあるという事なのだ。

おー!珍しくちょび男が起きている写真
時には起きている写真も
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ノラの物語

ちょび男の写真
こちらは我が家のちょび男君
         ノラの物語 その1

二年前その雄ネコは姿を現した。我が家にはちょび男やぺくをが居るというのに、自らの家のように振舞うそのネコ、何ともふてぶてしい態度だ。もちろん我が家の猫達も黙ってはいない、顔を合わせるたびに揉め事になる。しかし、我が家の猫達は去勢しているせいだろうか、今ひとつ喧嘩が弱い。

ふてぶてしさは日を追って増し、人の姿も我が家の猫達にも全く動じる様子がなくなった。このネコが住処にしていたのは我が家の縁の下、深夜だろうが、明け方だろうが猫達の揉め事は時間を選ばず続いた。極めてちょび男に似ている事から、このネコを「(ちょび)モドキ」と名づけた。
しばらくは様子を見ていたが、ここでモドキが事件を起こした。我が家に不法侵入したうえ、猫達のご飯を盗み食いしていた。これは黙って見過ごすわけにはいかない。見かけるたびにサンダルを投げつけたり、あるいは棒で脅かしたり。しばらくするとモドキは姿を消した。



ふと縁側を見るとそこを歩く猫が、まさかこれがモドキだとは思いもしなかった。こちらの視線に気がつくとスッと身を隠した、見るとちょび男は家の中に居る。そう、彼は二年ぶりに戻って来たのだ。

飼い猫に比べ野良猫の寿命は極めて短いといわれている、しかし彼は生き残っていたのだ。縁側を堂々と歩くところなど、ふてぶてしさは二年前と変わらない。「俺様が舞い戻ったぜ」そう告げに来たようでもあった。
(ちょび)モドキの写真
こちらが問題のモドキ君
戦闘体制ちょび男VSモドキの写真
一触即発 ちょび男VSもどき
「お宅のネコは遠くまで行くんですね」近所の人からそう言われた。確かにちょび男は狩りなどで遠征もする。しかし、その人の家の方角は彼のテリトリー外、そちらの方へは行かないはずだ。おそらくちょび男とモドキを見間違えているのだろう。

以前の経験から我が家では窓や玄関を開け放たないよう気をつけていた。しかし、近所の人にはモドキの存在を知る由もなかった。

そして事件は起こった。
隣のおばあさんとのネコ談義、おばあさんのところにも3匹のネコがいる。「最近野良猫がいるでしょう」「どんなネコだい」とおばあさん「ちょび男に似たやつ」こんなところから話は始まった。

おばあさんのところでは最近やたらと猫のご飯の減りが激しいとの事、更に家の中に臭いの強い小便を二回もしていった不届き者がいたそうだ。発情期に雄ネコがする小便は特に臭いが強い、経験があるだけにどれだけ大変だったか想像がつく。

「灰色のネコかい」とおばあさん「そうです、ちょびより少し色が薄くて一回り大きい」「あー、あれがそうかい」。
写真のネコはちょび男でしょうかモドキでしょうか?
問題 このネコはちょび男でしょうかモドキでしょうか?
V字開脚ちょび男の写真
晴れて無罪となったちょび男君
実はおばあさん、屋敷からそのネコが逃げ出すところを目撃していた。てっきりちょび男の仕業だと思い込んでいたそうだ。自らの家のネコもどんな悪さをしているかわからないので黙っていたのだ。

「僕が見ても良く見ないと見分けがつかないくらいですから」「そうかい」。「それにちょびは去勢してるから臭いシッコはしないはずです」「そうだよね」。

一応飼い主である以上我が家のネコを弁護、こうしてちょび男にかけられた嫌疑は晴れたのだった。

      答え 上の写真はちょび男です 
       ノラの物語 その2

港や磯、砂浜などへと釣りに行く、どこへ行っても見かけるのが野良猫だ。人の顔を見るなり一目散に逃げ出すネコ。極めて愛想が良く、抱っこまでさせるネコ。付かず離れずニャンコの距離感を保つネコ。

猫達が港に多いのには一つの理由がある。水揚げされた魚のおこぼれをいたたく事と、釣り人が魚を与えてくれる事だ。フグは別として、外道が掛かった場合など、ネコがいれば海には返さずあげてしまう。
港の写真
チビニャンの住む港
浜辺の写真
50匹ほどのノラが住む浜
たいがいのネコは獲物をもらうとすぐにどこかへ行ってしまう。安全な場所でゆっくり食べるのだろうが素っ気無い。。しばらくするとまた戻って来て魚が釣れるのを待つ。中には友達まで連れて来て、二匹並んで待っていたものもあった。

どこにでもいるものだが、港にもネコおじさん、ネコおばさんがいる。野良猫を不憫に思いエサを与えてやるのだ。ある砂浜でネコおじさんがエサを与えているのを見ていた。どこからともなく猫達は集まり、その数はドンドン増える。数えようにも数えられないほど、およそ50匹ほどが集まっていただろうか。
ある日の事、アジを求めて港へとやって来た。釣りの支度を進めていると一匹のネコが歩いている。茶トラの小ぶりなネコ、姿や顔立ちから雌ネコだろう。それから遅れること少し、小さなネコが母さんの後を付いて来る。

どうするのかと見ていると、お母さんは私の少し後ろに腰を下ろした。子猫も母さんの横に腰を下ろす。休憩というより、魚を分けてくれないかと思っているようだ。

毎度の事ながらこういったプレッシャーには極めて弱い、ましてや今日は子連れである。一匹の魚を釣るのに四苦八苦、やっとの思いで釣り上げた小さなメジナを与えてやる。
ノラなので写真はありません
ノラの写真がないのでぺくをの写真
ノラなので画像はありません、ぺくをでお楽しみ下さい
一度姿を消したお母さんとチビニャン、しばらくすると再び戻って来た。「母さん、子供は一人だけか?」話しかける、ぼんやりこちらを眺めるお母さん。するとチビニャンがこちらへ寄って来る。「撫でさせる?」チビニャンは愛想が良かった。

ネコは一度に数匹の子を産む、おそらくチビニャンにも兄弟はいたはずだ。ノラの宿命なのだろうが、空腹や天敵、事故などで亡くしてしまったのだろう。「ほら食べな」。クーラーボックスからアジを取り出し与えた。

翌日。再び港へと行くとお母さんとチビニャンの姿が、今日は別な釣り人から魚をもらっている。ここへ来る釣り人達は皆やさしい、ネコをいじめている姿など見た事もない。
数日後。ふと見るとチビニャンが一人で歩いている。「母さんは?」。辺りを見回すがどこにもその姿がない。母さんに何かあったのだろうか、チビニャンは親離れするような時期ではない。

「ほら、食べな」釣り上げたアジをチビニャンに与える、しかし、いかんせん獲物が大きい。自らと同じくらいのアジと格闘、尻尾の先をわずかにかじったが、どうにも手には負えないようだ。小さく切り分けてやる、これならチビニャンでも食べられる。

チビニャンはこれを最後に見かけなくなる。
ノラの写真がないのでこちらもぺくをの写真
ノラなので画像はありません、ぺくをでお楽しみ下さい
ぺくをの写真も飽きたのでエビネの写真
ぺくをばかりでは飽きるのでエビネでも
一ヵ月後。いつものようにいつもの釣り場へ、その間一度もチビニャンは見かけていない。おそらく母親を失い死んでしまったのだろう。

少し離れた場所でネコおばさんが港の猫達にエサを与え始めた、見るみる猫の数が増えて行く、その数およそ10数匹。釣りは二の次にして、猫の様子をうかがいに行く。

トラ、キジ、黒猫、大きいのから小さいのまで様々だ。その中にあるネコを見つけた、チビニャンだ。一回り大きくなりたくましくなった、どうやらネコおばさんの与えるエサで生き延びていたのだ。

「親はなくとも子は育つ」とは言うが、ネコおばさんなくしてチビニャンは育たなかっただろう。
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