古琴物語 第三巻 


局詐三 《聊齋志異》

 李といふ生[しうさい]は嘉祥[かしゃう]の人で、琴が善[じゃうず]だった。
 あるとき東郊[とうもんぐわい]にいったが、土を掘ってゐる工人[にんぷ]が古い琴をほりだしたのを見て、以賤直[やすく]それをかひとった。
 歸ってからたんねんに拭きあげると、ふしぎな光[つや]が有るので、按絃[いとをか]【絃をおさえる】けて操[ひ]いてみるとすばらしい清烈[ねじめ]だったから、李は拱[おほき]な璧[たま]をてにいれたやうにひどく喜び、錦の嚢に貯[い]れ、秘密室に藏[しま]っておき、至[ちか]い戚[しんるゐ]にもみせなかった。
 それから間もなくである。新蒞任[しんにん]の程[てい]といふ邑丞[ふくちじ]が刺[めいし]をだしてあひにきた。李はもともと交游[ともだち]が寡[すく]なかった、といふのはつきあひが嫌ひなのであった。けれども、むかうが先にあいさつを施[し]たわけだから、報[へんれい]にいった。
 數日[いくにち]かたつと又邑丞[ふくちじ]からぜひ飲みにきてくれといふ招待があったので、ことわりきれずにでかけて往[い]ったが、程は俗を絶[はな]れた風雅なたちで、議論なんかも瀟灑[あくがぬけ]てゐたから、李はすきになり、越日[あくるひ]、折束[てがみをや]って程を招いた。そして酬[へんれい]の御馳走をして懽[たの]しく洽[したし]いなかになり、月の夕[ゆふべ]、花の晨[あした]、いっしょにゐないことはなかった。
 一年餘りすぎてからのあるとき、程の廨中[くわんしゃ]で、繍[ぬひとり]の嚢につつんである琴を見つけた李が、几[てーぶる]の上にそれを置いて、展玩[もてあそ]んでゐると、程がきいた、
 「きみもやっぱりこれを諳[し]ってるのかい」
 李は言った、
 「非所長而[うまくはないが]、ひごろこいつが好[すき]なんでね」
 程は訝かって、
 「一日や二日の知交[つきあひ]ぢゃないのに、きみの絶技をどうして一ども聞かなかったのかな」
 と曰[い]ひながら、爐を撥[ほじく]って沈香を爇[た]き、みじかいものでもいいから奏[しら]べてくれと曰った。で、李が敬如教[いはれるまま]にきかせてやると、程は、
 「大高手[めいじん]だ!ぢゃあぼくも願獻薄技[やらしてもら]ふが、小巫[まづい]のを笑っちゃいかんよ」
 と曰って、御風の曲を鼓[ひ]いたが、その冷々[りんりん]と冴えわたった聲[ねじめ]はまるで絶世出塵[うきよをはな]れるやうなきもちであった。李は更に傾倒[かんしん]し、かれを師[せんせい]にしてらなひたいとおもった。
 それから二人は琴の交[つきあ]ひで益々篤[したし]い情分[なか]になったが、一年餘りたつうちに、程はすっかり琴の技[て]を傳へてくれた。
 程はしじゅう李のうちにきたけれども、李はやはり常[ただ]の琴をだして、藏[しま]ってある琴については少しも彼に未肯洩[はなさ]なかった。
 あるよふたりが薄醉[ほろよひ]きげんになったとき、程は、
 「ぼく、新たに一曲肄[おぼ]えたんだが、やっぱり願聞之乎[ききたいかね]」
 と曰って李の爲に湘妃の曲を奏でてくれた。それは泣くやうな幽怨[かなしい]ものだった。
 李がしきりに贊[ほ]めると程は曰った、
 「良い琴が無いのが恨[ざんねん]さ。若し良い琴がてにいれば、もっといい音調[てうし]が出るんだが」
 李は忻然[いそいそ]と曰った、
 「僕が大切に蓄[しま]てゐる琴が一面あるんだ。凡[なみ]の品とは頗る異[ちが]ってゐるので、だれにも見せなかったのだが、今鍾子期[しょうしき]に遇[あ]ったからは、いつまでも秘[かく]しておくことはないとおもふよ」
 で、李は櫝[はこ]をあけ、嚢から例の琴をとり出した。と、程は袂で塵を拂ひ、几[てーぶる]に憑[よ]りかかるやうにして再び琴を鼓[ひ]くのであったが、おとの剛柔[たかひく]が節[ひゃうし]にあひ、入神の工妙[うま]さなので、聞いてゐる李はわれをわすれ、撃節[つくゑをう]ってほめ不置[つづけ]た。すると程はしづかに曰った、
 「いや、僕は區々拙技[まづい]から、此の良琴に對して、なんだか負[すまない]やうな氣がするんだ。もし荊人[かない]に一奏[ひか]せることができれば、一兩聲[すこし]は聽けるだらうがね」
 李は驚いて曰った、
 「きみの閨中[おくさん]も精[うま]いのか?」
 程は笑[にっこり]して曰った、
 「いまひいたのは細君[かない]から傳[をそは]ったんだよ」
 李は曰った、
 「夫人は閨閣[おく]にゐられるし、小生[ぼく]はおくにいけないから聞くことができん。恨[ざんねん]だな」
 程は曰った、
 「ぼくたちは通家[しんるゐなみ]だから、もともと形迹[れいぎ]の制限はないんだ。あす琴をもってきたまへ。妻にいひつけて君の爲に隔簾[すだれごし]にひかせるから」
 李は悦んでその次の日琴を抱へてでかけてゆくと、程はすぐさけの治具[したくをさ]せ、懽[たの]しくふたりで飲みあってゐたが、しばらくすると琴をもっておくに入り、旋[すぐ]に出てきて坐についた。
 と、簾の内で麗妝[きれい]な人が隱々[ちらちら]してゐるやうであったが、しばらくすると香のかをりが、すだれの外へ流れ、又しばらくすると細い絃の音がひびきはじめた。それを聽いてゐる李には何といふ曲かわからなかったが、ただ蕩心媚骨[とろけ]るやうな、魂魄飛越[たましひのとぶ]やうなこころのするものであった。
 程が巨[おほき]な白[さかづき]で勸釂[さけをすす]めてゐるうちに、内では復[ま]た改絃[てうしをか]へ、閑情の賦をひきはじめた。李は聽いてゐるうちに神[こころ]も形[からだ]もみんな惑[わからな]くなってしまひ、おもはず傾飲[さけをすご]したので、興辭[いとまをつ]げ、琴をわたしてくれといふと、程は曰った、
 「醉ったあとだから蹉跌[ころぶ]おそれが有る。防[きをつ]けるがいいよ。あした復[ま]たきてくれたまへ。閨人[かない]の所長[とくい]なやつをすっかりやらせるから」
 で、李はそのまま歸ってきたのであるが、あくるひいってみると、廨舎[くわんしゃ]は寂然[ひっそり]して、老[としをと]った一人の隷[けらい]が應門[もんばん]をしてゐるだけであった。李は程さんはときくとかれは云った、
 「五更[よじ]ごろ携眷[かぞくづれ]でおでかけになりましたが、なにしにおいでになったのか知りません。往復で可三日[みっかぐらゐ]だといってをられました」
 李はいはれたとほりに、三日たってからまたいってみたけれど、日暮になっても音耗[おとさた]が無かった。吏[やくにん]も皁[くみこ]もともに疑[ふしぎ]がり、令[ちじ]にさういったうへ、扃[と]を破って室[へや]のなかをのぞいてみると、室は盡空[からあき]になってゐて、惟[た]だ几[てーぶる]と榻[ねだい]がのこってゐるだけであったから、すぐにそのことを上臺[ぎょし]にとどけた。しかし何説[どういふわけ]で程が居なくなったものか、みんな不測[わからな]かった。
 琴をなくした李は寢ることも食ふこともわすれるほど心配し、不遠數千里[はるばる]、程の家にたづねていった。
 程は故[もと]もと楚[こほく]のうまれで、三年前政府に貲[かね]を捐[をさ]め、嘉祥の邑丞を授かったものであったから、李は其の姓名[なまへ]を執[さ]して居里[ところ]のひとたちにたづねてみたが、楚中[こほくぢゅう]にはまるでそんな人は無かった。
 と、或人が、
 「程といふ姓[めうじ]の道士がゐて、琴が善鼓[じゃうず]だったうへ點金之術[れんきんじゅつ]もできるといふ傳[うはさ]だったが、三年前ふいにいったぎりで、それからはもう見かけん」
 と言ふのをきき、てっきり其人[そいつ]だらうとおもって、なほよく年甲[とし]や容貌[かほかたち]をしらべると、吻合不謬[すっかりあっ]てゐるので、道士がかねを納めて官をかったのは、すべて琴の爲だと知ったのである。
 一年餘り知交[つきあひ]ながら、さらに音律の不言及[はなしをせず]、漸而[しだいしだい]に琴を出し、漸而[しだいしだい]に獻技[わざをみ]せ、そして漸而[しだいしだい]に佳麗[びじん]で惑[まよ]はせ、浸漬三年[さんねんがかり]で琴をてにいれて逃げた道士の琴癖【きんずき】は、李生に更甚[わをか]けたもので、よのなかには騙[かたり]の機[て]が多端[いろいろ]あるけれど、道士のやうなのは、猶[ま]あ騙[かたり]の中でも風流な者だらう。

蒲松齡『聊齋志異』 柴田天馬譯(昭和三十一年角川文庫)



宦娘 《聊齋志異》

 温如春[をんじょしゅん]は秦[しん]の世家[いヘがら]の生[うま]れだった。少[わか]い時から琴が癖嗜[だいすき]で、逆旅[りょかう]をしてゐても、舍[や]めないほどであった。晋[しん]に客[たびね]を古寺の前を經過[とほ]り、馬を門外に繋いで、暫く憩[やす]まうと思って中に入ると、布の衲[ころも]を著た道人が廊間[らうか]に跌坐[すわ]って居た。笻杖[たけづゑ]を壁に倚[よ]せかけ、花[もやう]のある布嚢に琴を入れて置いてあった。温は所好[すきなもの]を見たので、
 「亦[やっぱ]り此[これ]を善[やる]んですか」
 と問[き]いてみた。道人は、
 「顧[どう]も工[うま]くないのだ。善[じゃうず]な人に就いて學びたいとおもってゐる」
 と云って、嚢の琴を脱[だ]して温に授[わた]した。視ると、佳妙[たいそう]な紋理[もくめ]である。略[ちょっ]と一勾撥[ねじめ]をしらべてみると、清越[さえ]た音が世の常の琴とな異[ちが]って居るのだ。温は喜んで道人のために短い曲を撫[ひ]いたが、道人は微笑しただけで何だか未許可[かんしんしな]いやうである。温は不滿に思ったので、今度は竭盡所長[うでかぎり]の所を彈いて聞かせた。すると道人は哂[わら]って、
 「亦佳亦佳[うまいうまい]、しかしまだ貧道[わし]の師[せんせい]とするには足らん」
 温は其の言葉の夸[ほこ]らしいのを聞いて、一曲彈いて請[もら]ひたいと逆襲すると、道人は琴を接[うけと]って膝に置いたが、撥動[かなで]はじめると共に、和やかな風が吹いて來るやうに覺[おも]はれ、頃之[しばらく]すると、百[いろいろ]な鳥が庭の樹々に滿[いっぱ]い群れ集った。温は極[ひど]く驚いて道人を拜し、受業[をしへて]もらひたいと請[たの]むと、道人は三度それを復[くりか]へしてくれた。温は耳を側[そばだ]てて傾聽し稍々[いくら]か其の節廻しや奏[ひきかた]を會得することができたのである。道人はまた温に彈かせてみて、節の疎[ぞんざい]なところを點正[なほ]し、
 「此れで塵間[せけん]に已[も]う對[あひて]なしだ」
 と曰った。温は由是[それか]ら精心[いっしん]に刻畫[くふう]して、絶技[またとな]い名人と稱されるやうになった。その後、秦に歸らうとして、家から數十里離れたところまで來ると、日が暮れたうへに雨が暴[にはか]に降り出した。投止[とま]るやうな宿は無いのだが、路傍に何軒かの小村[こむら]があるので、急いで其處へ趨[はし]っていった。家を審擇[みわけ]る遑[いとま]もなく、ある門を見て中に入り、堂[ざしき]に登[あが]りこんだが、闃[しん]として人氣が無いやうである。と、一人の女郎[むすめ]が奧から出て來た。十七八の、神仙のやうな美人である。知らぬ人が居るので、娘は驚いてまた奧へ走[か]けこんだ。温はその時未だ耦[つれあひ]がなかったので、唯一目ではあるが、深く情[おもひ]を繋[か]けたのである。と、一人の老媼[ばあ]さんが出て來て、怪しさうに、問客ですときいた。温が姓名[なまへ]を道[い]って、寄宿[とめ]てもらひたいと求[たの]むと、
 「お宿をするのは不妨[かまひませ]んが、牀榻[ねだい]がないのです。屈體[きゅうくつ]でも不嫌[よけ]れば、藁を書藉[しい]てあげませう」
 といって奧に入り、少選[すぐ]に燭[ひ]をもって來て、草を展[なら]べて地[どま]に鋪[し]いてくれた。その意[きもち]や言[ことば]が大層殷[ねんごろ]なのである。姓氏[めうじ]を問[き]くと、趙姓ですと答へた。温は、又、
 「女郎[むすめ]さんは、お嫗[ばあ]さんの何人[なん]です」
 ときくと、
 「あれは宦娘[くわんらう]といって、老身[わたし]の猶子[めい]です」
 「寒陋[まづし]いのが不揣[おいやでな]ければ、援繋[えんぐみ]をねがひたいのですが、何うでせう」
 突飛な申込みだから媼[ばあ]さんは驚いたのだらう、顔を顰蹙[しか]めて、
 「それは命[おほせ]に應[したが]ひ不敢[かね]ます」
 と曰った。温が其の故[わけ]をたづねても、
 「言ひ難[かね]ます」
 とだけで説明しないのである。
 温は悵然[しほれ]て話を罷めた。媼[ばあ]さんが去[い]って既[から]、藉草[しきわら]を視ると、腐り濕って臥處[ねら]れ不堪[なか]ったので、危坐[すわっ]て琴を鼓[ひ]きながら、永い夜を消[すご]してゐた。既[そのうち]に雨が歇[や]んだ。温は夜を冒して歸ったのである。
 邑[けん]に林下[じしょく]した部郎[しゃうしょ]で葛公[かっこう]といふ、文士の喜[す]きな官人があった。温はあるとき其の家に詣[い]って、受命[いはれる]まま琴を彈いたが、眷[うちのひと]や客人の聽いて居るのが、簾ごしに隱約[ちらちら]して居た。と、風が動[ふ]いて簾が開き、及笄[じふご]あまりの、絶世の麗[びじん]が見えた。蓋[いったい]、公には小字[をさなな]を良工といふ女[むすめ]があって、詞賦[うた]を善[よ]くつくり、また豔[びじん]の名が高かった。温は女[むすめ]を見て心が動いた。それで、歸ってから母に與言[はな]し、媒人[なかうど]に道[い]はせたが、葛公は温の家が勢式微[おとろへ]てゐるので許さなかった。女は、琴を聞いてから竊[ひそ]かに傾慕[した]って居て、も一度雅[みやび]やかな奏[しらべ]を聆[き]きたいと、冀[ねが]って居るのであったが、温は姻事[えんだん]が不諧[まとま]らないのに志乖意沮[がっかり]して、それぎり葛氏の門[いへ]には絶跡[ゆかな]かった。
 ある日、女は園[には]の中で一折[いちまい]の舊い箋[かみきれ]を拾った。上に餘春を惜むの詞[ことば]と書[しる]してあって、中には、

恨みの因[ため]に癡[むちゅう]に成って、
思ひ轉[かへ]し想ひ作[だ]し、
日々情の爲に顛倒[みだ]れてゐます。
海棠の醉ひを帶び、
楊柳の春を傷[いた]むと、
同是一般[おなじやう]な懷抱[こころ]なのです。
新しい愁[うれ]ひ舊い愁ひは、
剷[か]り盡しても還[ま]た生える、
青草の如[やう]です。
別離[わか]れてからは、
只だ奈可天に在るのです。
今日[いま]では、
春山の眉を蹙損[ひそ]め、
秋水の目を望穿[みは]るばかり、
棄てた、已[も]う拌棄[すて]たとおもっても、
芳衾[ふすま]は夢を妬み、
玉漏[かねのね]は魂[たま]を驚かして、
睡[ね]ようとしても睡好[ねむ]れません。
宵[よる]の長いことが一年のやうだといひますが、
儂[あたし]から視れば、
猶[ま]だ少ないのです。
三更[よなか]を過ぎると已[も]う三年ぐらゐです。
何人[だれ]が老いずにゐられませう。

 と云ふ文句が認めてあった。女は數四吟咏[たびたびよん]で見て心好之[きにいっ]たので、懷[ふところ]に入れて歸り、錦[きれい]な箋[かみ]を出して一通莊[すっかりていねい]に書き冩し、案間[つくゑ]に乘せて置いた。しばらく索[さが]したが不可得[みあたら]ぬので、風に飄去[とばさ]れたのだらうとおもって居た。
 その少し前に、葛は良工の閨[へや]の門[いりぐち]をとほって之[それ]を拾った。良工の作ったものだらうとおもひ、詞[ことば]の蕩[いろっぽ]いのを惡[にく]んで火にくべてしまった。八釜しく言ふのも憫[かはい]さうだと思って良工には默って居たが、こんなものを作るやうでは、急いで醮[けっこん]をさせねばなるまいと欲[おも]ってゐるところへ、臨[となり]の邑[けん]の劉方伯[りうはうはく]の公子から、問名[けっこん]をいひこんで來た。葛は心存之[きにいっ]たが、猶ほ一度其の人を睹[み]たいといった。公子は盛服[きかざっ]てやってきた。儀容[やうす]の秀美[すぐ]れた少年である。葛は大そう悦[きにいっ]て款廷優渥[あつくもてなし]たが、既[やが]て別れを告げて歸っていった座下[あと]に、女の舃[くつ]が一鈎遺[ひとつお]ちて居た。葛[かつ]の心は公子の儇薄[うわき]なのを惡み、媒[なかうど]を呼びつけて故[わけ]を告[はな]した。公子は亟々[たびたび]誣[むじつ]であると辯解したが、葛は聽き入れなかった。たうとう絶[てをきった]のである。
 是[それ]より先[まへ]のことであるが、葛の家に緑咲きの菊があった。葛はひどくそれを吝[おし]んで世間には傳へなかった。良工は自分の閨[へや]にも其の菊を一鉢植ゑて置いた。すると温の庭の菊が、一株か二株緑咲きに化[かは]ったので、之を聞いた同人は、さっそく温の廬[いへ]に造[い]って觀賞したし、温も亦それを寶のやうにして、凌晨[あさはやく]から視[み]に趨[ゆ]くのであった。するとある日、畦畔[はたけ]で一枚の文箋を拾った。それは餘春を惜むの詞[ことば]を冩[かい]たものである。温は反覆[くりかへ]して披讀[よん]だ。其所自至[どこからきた]ものか知[わか]らなかったが、春といふのは自分の名だから、温は益々惑[まよ]った。興味も出た。案[つくゑ]の頭[うへ]で細々評語を丹黄[かきいれ]たが、それは隨分褻骸つやっぽい]ものであった。適[おりか]ら葛は温の菊が緑咲に變ったといふ噂を聞き、訝之[をかし]くおもって、躬[じぶん]で温の書齋をおとづれ、ふと机の上を見ると餘春を惜むの詞[ことば]があったので、手に取って讀まうとした。温は自分の書き入れた評語が褻[いろっ]ぽいものなので、奪[と]りかへしてM莎[もん]でしまった。葛は大そう疑った。緑咲きの菊も亦[やは]り良工が贈ったのだらうと邪猜[じゃすゐ]して歸ってくると、夫人に告[はな]して良工を逼詰[とひつめ]させた。良工は涕[ない]て死なうとするのであった。驗見[しょうこ]の無い事で、事實を明らかにする工夫は莫[な]いのであるから、夫人は世間に益彰[しれ]るのを恐れて、不如[いっ]そ今の内に女[むすめ]を温に歸[とつが]せようと計[かんが]へた。葛も然之[それがよい]とおもった。で、遥[とほまは]しに温に話させたのである。温は喜極[おほよろこび]で、その日は客を招いて緑菊の宴を開き、香を焚き、琴を彈き、良夜[よなか]になってから、宴が罷[をは]って寢たのであった。すると、彈く人もゐないのに、琴が自然に聲[な]りだした。書齋の僮[ぼーい]はそれを聞いて、初めは僚僕[なかま]の誰かが戲[たはむれ]に彈いてゐるものかと思った。しかし、もう皆[みん]な寢てしまったのだし、人の彈いてゐる氣配もしないのだ。僮[ぼーい]は氣味がわるいので、温に告げた。温は怪しんで自分で其の室[へや]の外に詣[いっ]てみると、果してそれは妄[うそ]ではなかった。誰もゐない眞暗な室[へや]で、琴が自[ひとり]で鳴ってゐるのである。じっと聽いてゐると、其の聲[ねいろ]は、自分の效[まね]をしてゐるのだが、梗澀[しぶっ]てゐて、未だよくできないのである。温は火[あかり]を爇[つ]けて、暴[だしぬけ]に入って見た。杳として何も見えなかった。で、琴を携[も]って其の室[へや]を出ていった。すると、終夜ぢゅう寂然[ひっそり]して何もなかった。で、多分狐だらうと意[おもっ]たが、自分の效[まね]をするのは、拜門牆[でしにな]りたいのだと知[さと]ったので、それから毎夜[まいばん]一曲づつ奏[ひ]いてやった。そして師[せんせい]のするやうに、絃[いと]を設[つ]けて操[ひ]くに任せ、毎晩潛伏[かく]れて聽いてゐた。斯うして六七夜に至[な]ると、居然[すっかり]曲が成[でき]て、ほぼ足聽聞[きける]やうになったのである。
 温は既[やが]て親迎[よめをむか]へた。そして曩[さきごろ]の餘春を惜む詞[ことば]のことを述[はな]しあひ、始めて締好[えんぐみ]のできた由[わけ]を知ったのであるが、その所由來[おこり]は終[つひ]に知[わか]らなかった。良工は琴鳴りのする異[ふしぎ]を聞き、自分もそこに往って聽いてから、
 「此れは狐ではありませんわ、調[おと]が凄楚[すご]くて鬼[いうれい]の聲[ひびき]がありますわ」  といったが、温が信ぜぬので、良工は自分の家に魑魅[ばけもの]の鑑[み]える古い鏡があるからと言って、翌日人を遣[や]って取りよせた。そして、琴の聲[ね]の作[す]るのを伺[ま]って、鏡を握[も]ったまま、遽[いそ]いで室[へや]に入ってゆき、火で照らしてみると、果して女子[むすめ]がゐたが、室[へや]の隅[すみ]で、倉皇[あたふた]するばかりで、隱れることができなかった。細視[よくみ]ると、趙氏の宦娘[くわんらう]だったのである。温が大[ひど]く驚いて詰窮[とひつめ]ると、泫然[なき]ながら、
 「蹇修[なかうど]の代りをしましたから、徳[ねん]が無いでもないでせうに、何ぜそんなに甚[ひど]くお逼[せま]りなさるんですの」
 といった。で、温は鏡を去[のけ]ても避[に]げないといふ約束をさせてから、鏡を嚢に入れたのである。女は遥[とほく]に坐って話すのであった。
 「妾[あたし]は太守[ちじ]の女[むすめ]で、死んでから、百年になるのです。少[ちひ]さい時から琴と箏[さう]が喜[すき]で、箏[さう]は頗[かな]り能暗[でき]るやうになりましたが、獨此技[ことだけ]はまだ嫡[ただ]しい傳授を受けてゐないので、重泉[あのよ]にいっても、やっぱり、それが憾[ざんねん]でしたの。いつぞや惠顧[おいでにな]った時、雅奏[いいね]を得聆[うかが]って、どんなに傾心嚮往[うれしか]ったことでせう。でも、異物[あのよのもの]で、恨[ざんねん]ながら奉衣裳[おそばにゐ]られませんから、あなたのために佳[よ]いお偶[つれあひ]のお吻合[おとりもち]をして、いつか眷顧[おもって]くださった愛情に報いたいとおもったんです。劉公子の歸ったあとに落ちてゐた女の舃[くつ]も、餘春を惜むの詞[ことば]も、皆な妾[あたし]のしたことです。お師匠さまに酬いるために、勞[はたら]いたと謂[い]ってもいいでせう」
 夫妻が宦娘[くわんらう]を拜して謝[れい]をのべると、宦娘[くわんらう]は曰った、
「君[あなた]の業[わざ]が、妾[あたくし]には過半[たいがい]わかりましたけれど、まだ未盡其神理[のみこめない]ところがありますから、請[どう]ぞ、再[もいちど]鼓[ひ]いて下さいまし」
 温は宦娘の請[たの]むとほりに彈いてやった。そして其の法を曲[くはし]く陳[はな]してきかせた。宦娘は大そう悦んで、
 「あたし已[も]う盡[すっか]り得之[てにいり]ましたわ」
 といふと起[た]って辭去[ゆか]うとした。良工は故[もと]から箏[さう]が善[うま]かったから、宦娘が所長[じゃうず]だと知って、一度聆[き]かしてくれとたのんだ。宦娘は辭[ことわ]らずに奏[ひ]くのであったが、其の調べといひ、其の譜といひ、ともに塵世[このよ]の人のできるやうなものではなかった。良工は撃節[ひゃうしをと]りながら聞いてゐたが、轉は宦娘に受業[をそは]りたいとたのんだ。すると女は、筆を命[と]って良工のために十八章の譜を繪[か]き、又起[た]って別れを告げた。夫妻が良苦[せつ]に挽きとめると、宦娘は悽然[さびしさう]に、
 「君[あなた]がたは琴瑟[きんしつ]の交りで、相[たがひ]に音[ねいろ]を知り合ふやうな、樂しい仲ですけれど、あたしのやうな薄命なものには、そんな福[さいはひ]がありません。もし御縁があったら、再世[つぎのよ]で又相[いっしょ]に聚りませう」
 といって、一巻を温に授[わた]し、
 「これは娘[あたし]の小像[すがたゑ]です。もし媒酌[なかうど]をお忘れにならなかったら、之れを臥室[ねま]に懸けて、快意[きのむ]いた時に、香の一炷[いっぽん]も焚き、琴の一曲も鼓[ひ]いてくだされば、わたくしは、それを受けることが出來るんです」
 と曰ふと、門を出て遂没[ゐなく]なった。

蒲松齡『聊齋志異』柴田天馬譯(昭和三十一年角川文庫)





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